前回は自分の成長について記事を書いてみましたが、今回は成長繋がりでテーマを考えてみました。
他人のことを成長させられるかどうか、ということです。
結論から先に申し上げると、他人のことを成長させてあげることは無理だと考えます。
何をもって成長とするかは人それぞれではありますが、以前の自分よりも能力が上がった、スキルがあがった、できなかったことができるようになった、などの成果が見られた時に成長したといえるのではないでしょうか。
ある程度の経験を積めば人は成長していくものですが、他の人が自分が成長してきたのと同じかあるいはそれ以上の成長スピードを望むことは事実上難しいです。
それは、他人は自分ではないから、ということになります。
どういうことかというと、他人はその人なりの生まれ育った背景や家庭環境、成長過程を経て培った価値観、考え方、スキルセットなどを持っています。
それは自分とは全く非なるものであるため、自分と同じ価値観で接してもついてこれないのは当たり前です。
人それぞれ異なる性格も含めて異なるバックボーンがあるので、成長するスピードや方法も人それぞれになって然るべきです。
そして、そもそも論として最近気づいた事でもあるのですが、成長したいと思っている人も全体の人間の中でそれほど多くは無いということでもあります。
私もサラリーマン時代は後輩の育成などに力を入れていたこともあります。
何でこんなことができないのか、自分はこうやって成長してきたからやり方を教えて同じように成長してもらいたい、というような強い思いで後輩と接してきました。
しかし、今ではそれが間違っていたことを反省しています。
結論としては、成長する人は何もしなくても自己成長していくものです。
一方で、成長しない人というのは何をしてもマイペースです。
成長のきっかけを与えることはできると思います。
いまその人のそのステージで必要な経験を積ませてあげられるか否かは、成長を考えてあげられる立場の人でしかありません。
ただ、そうした経験の場をも成長の機会として捉えて自ら成長していくのか、そうでないかは人さまざまです。
極論を言えば、成長していく人って何もしなくても自分で勝手に成長していってしまうんですよね。
自己成長型人間という部類に入る人たちです。
教育しているって感じている時は、提供していると思っている側は意外と気持ち良かったりするものです。
自分の方ができると思っているから上から目線的に教えてあげている的な態度で。。。
でもそれが本当に本人の為になっているかどうかは疑問だったりすることも多々あったりします。
実際、過去を振り返ってみてそう自省することは多々あったと思っています。
多くの人と接してくる中で思うところもあり、今は人の成長を強く思うというよりも自分という人間に接してくれた人がその場その場で幸せを感じてもらえるのかという観点を持つように心がけています。
今回も最後までお読みくださり感謝しています。
コメント